パーカー スピットファイアー 
1941 MK Vb Spitfire AD384

パーカー社はドイツにおける戦争に協力する為、カナダ及びイギリスあるそれぞれの子会社を通じ、当時の金額にして5,000ポンドをロイヤル・エアー・フォース(R.A.F.)に供出した。 プリゼンテーション・プログラム(Presentation Program)と呼ばれたこの支援計画のもとに様々な物資が戦地に供給されたが、その中にはスピットファイアー機があった。 多くの市政、英国国民、そして、パーカー社を含む多くの会社の支援の元に2,000機にも及ぶ様々な機種のスピットファイアー機が供出されたのである。 

正式にはSpitfire Mark(Mk.) Vb., Serial no.AD384と呼ばれ、飛行中隊のコード番号は”RY"であった。 また、コード番号”Z"も少なくとも1回使用されたことがこれまでに確認されている。 これらのスピットファイアー機は1941年夏にキャッスルブロミッチで作られ同10月に313飛行中隊に配置された。 スピットファイアーの任務詳細が明かされていく中、少なくとも現在分っている事は、1942年5月12日にフランスへの飛行ミッションでドイツの敵機メッサーシュミット Me−109の被弾にあい大きなダメージを受けた。チェコのパイロット、オタカー・クレスタ軍曹は機体を着陸させることは出来たが敵兵に捕まり終戦まで捕虜となった。 今ではこのスピットファイアー機はカナダのオタワにある戦争資料館にただ1機が残っているだけである。 

このプリゼンテーション・プログラム(Presentation Program)に供されたすべてのスピットファイアーには支援者によって名前がつけられた。  GEO S. PARKER の文字が機体に付いている所以である。 

プロヴァイザー・プロモーション(Provisor Promotions, Inc.)ではこの模型飛行機を少量限定作成し2003年度末まで販売する。 詳しくは下記まで連絡してください。

 

provisorpro@earthlink.net

 

 

Parker Pen Company
Presentation Spitfire GEO S. PARKER
1941 MK Vb Spitfire AD384